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アート

東海歴史散策

歴史的な場所がだんだん開発の波にのまれうしなわれていく今日。
草むらに、ビルの谷間に、忘れられたようにひっそりと存在感をなくしている。
東海地方は史跡の宝庫。記憶に残っているものを少しでも多く紹介することが
大切という思いからメールマガジンで紹介し続けている。
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過去の記事一覧

1.哀話の坂道、からたちの砦の坂道

2.陶器と美濃源氏と化石植物の里

3.海賊大将軍のふるさと

4.戦国軍師が眠る美濃一の宮

5.大神に仕えるイツキノミヤ

6.神代の生活を守る幻の大和民族「山窩」

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豊年を祝って舞う「花祭り」

 
愛知県北設楽


 天を突くようなスギの梢に、ぽつんと星が光っている。

 空はしだいに夜明けの高まりを見せ、やがて真っ赤な朝焼けとなって、森の上に輝きわたる。

 北設楽の夜明けは、森が深いだけに、空が近いだけに荘厳である。深いとばりから、木々や草やけものたちを解き放つ。明るくなるには、それだけの意味と力がいる。「見えないものが見えてくる」あたりまえのことなのに、これは大変なことで、とてつもない自然の力なのだ。北設楽の夜明けには、まだ昔のままに残っている。

 どこまでも続く昼なお暗いスギの林道を谷に沿い、森をめぐってたどり、北設楽の玄関といわれる田口は、その昔、伊那街道の宿場町として発展したところだ。一歩奥へ分け入ると、愛知の屋根と言われる海抜900Mを越える山が林立し、自然はにわかに厳しくなる。

 町内の標高差1000M余。集落をつなぐ道はほとんどが坂道で、わずかな平地も谷にされ、高い石垣を積み、段々畑となっている。

 鹿島、明神、矢筈、岩古谷山と、いずれも北設楽を代表する山があり、岩古谷山は遠目にはなだらかに見えるが、近づくに従ってとがり立つ山容が不気味である。

 コケやイワヒバに包まれた奇岩、怪岩からなるこの山の頂きには、土地の豪族菅沼氏が城を築いていた。

 奥三河といえば、正月を中心にして行なわれる「花祭り」は有名である。起源は、熊野、大峰,金剛などの修験者や山伏によって伝えられた。深山幽谷にはいって修業した行者が天竜川をさかのぼって入ってきた。宗教が、芸能を通して発展し悪霊を取り除くものと信じられ、行事として花開き、豊年を祝う舞となった。小高い丘、小さな段丘、レンゲの芽ぐむ田んぼのほとり、いたるところにウメが白い花を咲かせ、それがかすかな微風に載って香り漂う。昔変わらぬのどかなものであった。



 

36.雪と静寂に包まれる野沢温泉

38.霧わき、不気味さ迫る霧ケ城

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